諏訪哲史「『怪奇・幻想・綺想文学集 種村季弘翻訳集成』書評」

4月13日に書いた情報について、図書館で調べてきた。

4月8日の新潟日報福井新聞神戸新聞、山陰中央新聞、愛媛新聞、4月22日の山形新聞に『怪奇・幻想・綺想文学集 種村季弘翻訳集成』(国書刊行会)の書評が掲載されている(ほかにもあるかもしれない)。筆者は諏訪哲史

21世紀の僕らのヤワな「文学のタガ」を外すために地中深く眠り続け、いま忘却から呼び覚まされた、規格外の剣呑な「不発弾」だ。


すべての不発弾は火を待望する! 何らかの僥倖で弾を手にした以上、真の読書家なら迷わず手中に点火し、あらかじめ充填された言葉の火薬量のありったけをその場に炸裂させ、閃光を目撃するまでは気が済まない。不在の怪人、種村季弘の最後の訳書が気詰まりな現代文学を木っ端みじんにするさまは爽快だろう。


まだパニッツァの翻訳で活字になっていないものがある(平凡社から刊行子予定という話を以前聞いたのだがどうなったのだろうか)はずなので、本書が「最後の訳書」にはならないと思うが、種村の仕事と結びつけながら独特の表現で本書を評していて見事だ。

門上武司「偏愛的交遊録 9 種村季弘さん 万巻の書物と現場と」

2012年1月26日産経新聞大阪版に掲載。いまのところウェブ上でも読める。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120126/wlf12012614540011-n1.htm

伊丹十三が『食物漫遊記』を映画にしたいといっていたというエピソードが興味深い。「文藝春秋」1983年7月号の「伊丹十三のフランス料理+α 料理人はエロチックであれ」の鼎談(伊丹十三・辻静雄・種村季弘)で会ったときの会話だろうか。ちなみに同鼎談を含む連載は『フランス料理を私と』(文藝春秋)にまとめられている。

食物漫遊記 (ちくま文庫)

食物漫遊記 (ちくま文庫)

フランス料理を私と

フランス料理を私と

解けるなぞなぞ 解けないなぞなぞ

大修館書店月刊『言語』編集部編『『言語』セレクション 第3巻』(大修館書店)に「解けるなぞなぞ 解けないなぞなぞ」が収録されたようだ(現物未確認)。初出は「言語」1984年10月号。

松山俊太郎「巨友の一面(追悼、石堂淑朗)」(「映画芸術」438号 2012年 冬)

石堂淑朗の追悼として書かれたものだが、学生時代の石堂・松山・種村の「三人組」のエピソードが書かれている。「種村はおごり魔・誘い魔であった」(「おごり」に傍点)。

東京大学教養学部の集合写真も掲載されていて、石堂、松山、種村のほか、吉田喜重藤田敏八らの姿も見える。

映画芸術 2012年 02月号 [雑誌]

映画芸術 2012年 02月号 [雑誌]

細江英公写真展

銀座のBLDギャラリーで開催されている細江英公写真展の第五期 「知人たちの肖像」(4月11日-4月22日)、加藤郁乎出版記念会の写真の中に種村季弘の姿も見える(手近な出版物だと『澁澤龍彦幻想美術館』(平凡社)の58-59ページに掲載されている)。

同展覧会では澁澤龍彦三島由紀夫稲垣足穂土方巽唐十郎、加藤郁乎、松山俊太郎、合田佐和子など種村ゆかりの人物たちのポートレイトを展示している。

創世記 : 若き日の芸術家たち

創世記 : 若き日の芸術家たち

澁澤龍彦 幻想美術館

澁澤龍彦 幻想美術館

書店員に聞く Mの世界

http://book.asahi.com/reviews/column/2012041300006.html

ブック・アサヒ・コムの「書店員に聞く Mの世界」で有隣堂伊勢佐木町本店の高樋純子さんが『ザッヘル=マゾッホの世界』(平凡社ライブラリー)をあげている。「ヨーロッパ文化の深層にまで触れた、評伝というにはあまりに濃厚な力作」。

まさにそのとおりで、種村季弘の評伝作品は文化史としても読むことが可能である。

ザッヘル=マゾッホの世界 (平凡社ライブラリー)

ザッヘル=マゾッホの世界 (平凡社ライブラリー)

吉増剛造宛書簡 1970.4.14.

初出:吉増剛造『黄金詩篇 思潮ライブラリー・名著名詩選』(思潮社、2008年7月15日)

1970年3月に刊行された同書初版本の献本に対する礼状。この時点で面識はなかったようだ。

「私にとってこの詩集は、硬質の言葉の宇宙の朝まだきに、天地創造の輝く意志の光を抛りつつ原初の風景の中に雄渾に昇る古代太陽についてのつきることのない鋭筆篇です。」

黄金詩篇 (思潮ライブラリー・名著名詩選)

黄金詩篇 (思潮ライブラリー・名著名詩選)